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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)2701号 判決

原告

福井一

被告

木村商店こと木村正

ほか一名

主文

被告は各自、原告に対し、金二三三万一〇九〇円およびうち金一八〇万五五五三円については昭和四九年九月二二日から、うち金三四万五五三七円については昭和五一年五月七日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その三を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは連帯して、原告に対し、金三〇二万七六二二円およびうち金一八〇万五五五三円については昭和四九年九月二二日から、うち金一〇四万二〇六九円については昭和五一年五月七日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四九年九月二一日午前一〇時三〇分頃

2  場所 大阪市城東区森小路町一丁目九番地先道路上

3  加害車 普通貨物自動車(奈四四そ二二五五号)

右運転者 被告 木村昌之

4  被害者 原告

5  態様 信号待ちのため停車していた原告乗車の普通乗用車(トヨタコロナ)に前記加害車が追突した。このため原告は頸部捻挫の傷害をうけ、原告運転にかゝる原告所有の前記車両後部が中破した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自動車損害賠償保障法三条)

被告木村正は、加害車を所有し、乗務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告木村正は、被告木村昌之を雇用し、同人が被告木村正の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により本件事故を発生させた。

3  一般不法行為責任(民法七〇九条)

自動車を運転する者としては運転中は絶えず進路前方を注視してその安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに被告木村昌之はこれを怠り、加害自動車を脇見運転した過失によつて、前記のとおり信号待ち停車中の原告車に追突させた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

頸部捻挫

(二) 治療経過

通院

昭和四九年九月二一日から昭和五一年二月二四日まで

梅鏡堂外科(治療実日数九四日)

昭和四九年一〇月二三日から昭和五一年一月三〇日まで

八重整体研究所(治療実日数一二二日)

(三) 後遺症

昭和五〇年一二月八日症状固定となつたが左手背部に知覚低下をみるしびれ感が残り後遺障害等級一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当

2  治療関係費

治療費

梅鏡堂外科分 三八〇、七四〇円

八重整体研究所分 二三七、八〇〇円

3  逸失利益

(一) 休業損害 計八二万六六八三円

原告は事故当時四七歳で、福井ラス防水工業所の代表者として、自家営業していたものであるが、本件事故による傷害のため頭痛、吐気、右上肢麻痺があつて、昭和四九年九月二一日から昭和五〇年一月二〇日まで休業を余儀なくされ、さらに翌日以降も梅鏡堂外科と八重整体研究所に同年四月末まででも合計四二日間通院した。

原告は通院すれば半日は仕事に従事することができないので都合一四三日間就労できなかつたことになる。

そこで原告の昭和四八年度の申告所得額は六四七万八一九〇円であるが、雇人も使用しているので、正確な損害を算定することは困難であるから、昭和四八年度の賃金センサスに基いて計算すれば原告休業損害はつぎのとおりとなる。

(一三四、七〇〇円×一二か月+四九三、八〇〇円)÷三六五=五、七八一円………一日当り休業損害五、七八一円×一四三日=八二万六六八三円

(二) 将来の逸失利益

原告は前記後遺障害のため、その労働能力を二年間にわたり五%喪失したものと考えられるところ、原告の将来の逸失利益を昭和四九年賃金センサス一巻第一表産業計全労働者四五―四九歳の項を基準として、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二〇万五三四九円となる。

(一四万一〇〇〇円×一二か月+五一四、四〇〇円)×〇、〇五×一、八一六四=二〇万三五四九円)

4  慰藉料 九七万円

(うち後遺障害による分 三七万円)

5  物損 二二七、〇五〇円

原告所有車(トヨタコロナ、大阪五五め一三三〇)は本件事故により後部を中破したもので、その修理費一七万七〇五〇円となり、又右事故のため下取りをする際の価格が五万円下落した。

6  弁護士費用 一八万円

四  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁および主張

一の1ないし4は認める。5については原告受傷の点を除き認める。

二の1は木村正が事故車の所有者であることは認める。

二の2は木村正が木村昌之の使用者であることは認める。

二の3は争う。

三は不知。

原告が本件事故により頸部捻挫の傷害を負つたとの事実はない。

原告に何らかの症状が認められるとしても、自覚的症状に過ぎず、心因的、感情的要素にもとづくものである。

原告の事故当初の病状は極めて軽度な自覚症状にすぎないのに、治療が遷延長期化している理由は、原告と被告らの間の示談交渉が原告の思惑どおりに進まないあせり、被告らに対する悪感情によるものである。仮に原告主張のような症状があるとしても、原告は医師から休業のうえ安静にしているように指示されながら右指示に反して就業したことにより、傷害の程度を悪化させたものである。

よつて症状が悪化した範囲ではもはや本件事故とは相当因果関係がない。

八重整体研究所における小西勇のなした治療は医師の指示によるものでなく、その医療効果も全く期待できないものである。

これは医学的根拠のない治療であり、正規の治療行為と認められないばかりか、同人は原告の症状を亜脱臼と診断しておるが、レントゲン検査の結果では医師は第三、四、五頸椎に強直がみられるというのであるから、前記診断は誤診というべきものである。

よつて、八重整体研究所に支払つた治療費、同研究所への通院時間に相当する休業損害の請求は失当である。さらに、原告は本件事故後も仕事を休業した事実はないのであるから、この点からも休業損害の請求は失当である。

第四被告らの主張に対する原告の答弁

被告らの主張するところは全て理由がないものと考える。

証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし5の事実は、本件事故によつて原告が受傷したことを除いて当事者間に争がない。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、被告木村正が加害車の所有者であることは、当事者間に争がなく、成立に争いのない甲第七号証の五、六、八、甲第七号証の一〇と被告木村昌之本人尋問の結果によれば、被告木村昌之は、おじの被告木村正が経営する亜鉛引およびカラー鉄板販売業木村商店の店員として稼働し、事故当日も建築材料のカラートタン等を積込んで得意先に配達すべく大阪市北区の店を出発し、加害車を運転し、助手席に被告木村正を同乗させて守口方面に向う途中、森小路一丁目交差点手前で一旦先行車に続いて停止、その後先行車が発進しだしたので続いて発進したが、積荷がくずれていないかということが気になつて左肩ごしに顔を後に向け、運転席の窓から積荷の状態をみて、視線を前方に戻したところ、前車が停止していたので急ブレーキをかけるも及ばず、追突したものであることが認められるから、被告木村正は物損を除いては自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

二  使用者責任

右認定の事実によれば、被告木村正は民法七一五条一項により、本件事故による原告の損害(物損を含め)を賠償する責任がある。

三  一般不法行為責任

前認定事実によれば、被告木村昌之において、進路前方を注視し、前車の動静に注意しつつ進行すべきであるのに、後方を振向いたまま進行し、前方注視義務を怠つたため、本件事故が発生したものであることは明らかであるから、同被告は民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。

第三損害

1  受傷、治療経過等

原告が本件追突事故によつて受傷したか否かについては成立に争いのない甲第一号証の一、甲第七号証の九、証人山岡華章の証言および原告本人尋問の結果によれば、つぎの事実が認められる。

原告は、受傷当日(昭和四九年九月二一日)項部痛、項部重感、後頭部疼痛、吐気を訴えて梅鏡堂外科を訪れ、山岡華章医師の診察を受けたところ、右上肢軽度麻痺、右大耳介後頭神経圧痛がみられ、レントゲン線上も第四、五、六頸椎に強直(本来は生理的な湾曲があるところ、それが殆んどなくて一直線になつているさま)があることが認められた。

そこで薬物療法、理学的療法をうけて一進一退しながら一時症状軽快をみるも(一〇月二八日ころ一応電気をかける状態にまでなつていたのでかなり快復していた、かなり症状はとれていたとみられていたところ)昭和四九年一一月一九日ころには原告から右頸部、右肩の疼痛、頸を回したときに張つた感じがあるというので山岡医師において再度検査したところ、右手に軽度の麻痺と初診時にみられた大耳介後頭神経圧痛が認められた。

そこで再び加療を続けるうち昭和五〇年七月ころには症状が一進一退するような状態になつて、同年八月ころには疼痛しびれ感が主に右の上肢、示指等にでてきたこと。そして症状にあまり薬効がなくなつてきたことがうかがわれる。

さらに証人山岡華章、同小西勇の各証言によつて、いずれも真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし四二、甲第八号証の一ないし四五、甲第三号証の一ないし七、甲第九号証の一ないし九、および原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は山岡医師の治療をうける一方、友人から八重整体研究所こと小西勇方での治療がむちうちの症状回復に効果がある旨紹介されて、頭痛、頸部、上肢の重圧感、しびれ、肩から頸へかけての突つ張つた感じを和らげるため、マツサージ治療(手肢によるもみ療治)をうけており、これら両者の治療をうけた経過状況の概要は別表のとおりであること。そして右小西方での治療も前記症状の推移経過と治療状況に照らして考えれば、原告としてはなるだけ早い時期に不快な症状を和らげたいとの気持から小西方へも通院治療をうけに行つたものと認めることができ、いまだ重複治療(過剰治療)、気休め治療等治療の相当性を欠くものと認むべき事情はないものと認められる。

ところで、症状固定時期については証人山岡華章の証言によれば、昭和五〇年八月ころから段々に症状が固定してきて、現在(証人尋問時である昭和五〇年一二月一六日をさす)が大体症状固定を判断する時期でないかと考えている旨述べ、成立に争いのない同人作成にかゝる甲第一一号証によると昭和五〇年一二月八日をもつて後遺症として左示指背側に知覚低下、自覚症状としては同部にしびれ感残し、症状固定と診断していることからみておそくとも右日時ころを症状固定時期と認めるのが相当である。

治療状況表

〈省略〉

2  治療関係費

治療費

成立に争いのない甲第一号証の一、二、甲第一〇号証の一、二によれば、原告は本件受傷治療のため梅鏡堂外科において、昭和四九年九月二一日から昭和五一年二月二四日までの間に九四回の通院治療(治療内容は注射、投薬、電気治療、機械矯正術、頸部処置等)をうけ、合計三八〇、七四〇円、証人小西勇の証言、原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第三号証の一ないし七、甲第九号証の一ないし九によれば、原告は前記治療に併行して、昭和四九年一〇月二三日から昭和五〇年一月末までの間に合計一二二回八重整体研究所小西勇のマツサージ治療をうけ、合計二三七、八〇〇円

の各治療費を支払つたことが認められる。

3  逸失利益

(一)  休業損害

原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和二年一月八日生で、本件事故当時ラス防水業(ラスとはモルタル下地の金網のこと)を自営しており、普段は工事現場をみたり、見積りをたてたり、図面の作成等をやつていたが、本件事故によつて受傷したため、昭和四九年中は頸が突つ張り手がふるえ、字も書けず、気が短くなり症状は日々悪くなるような気さえし、事務所に出るのも休んでいて、仕事らしい仕事はできなかつたが、年が明けたころからぼつぼつ仕事がはじめられるようになつて、現場に出られるようになつたのは昭和五〇年三月から四月にかけてのころであつたことがうかがわれる。

ところで原告の休業損害について考えてみるに、原告が前記のような事業を経営し、昭和四八年度には六四七万八一九〇円の所得申告をしていることが成立に争いのない甲第六号証の二によつて認められるところ、原告が妻を含め従業員四名を使つて事業を行なつている関係上、原告個人の労働に対応する正確な事業収入額を算定することが困難であることは原告の自認するところでもある。

しかしながら、右事業の内容、規模、申告所得額、原告が右事業の経営者であることからみれば、少くとも原告個人のの収入が事故発生年度における原告の年齢に対応する男子労働者の平均賃金相当額を下廻ることはないと推認されるから以下これによつてみるに、

原告本人尋問の結果によれば、さきに同人の就労状況として認定したとおり、本件事故のため昭和四九年一二月末迄は殆んど仕事ができなかつたこと(このことは原告の通院状況からもうかがい知ることができる)その後昭和五〇年四月末までに合計四七日間(梅鏡堂外科と小西の治療とが重なつた日は一日として計算した)通院し(さきに認定した治療経過概要参照)右通院のためには半日は仕事に従事できないものと認められるから、右期間内に原告が蒙つた休業損害はつぎのとおり七五万五五〇〇円であると認められる。

昭和四九年男子労働者(四五―四九歳)平均賃金相当額(年収)二二〇万六四〇〇円÷三六五=六〇四四円(日額)六〇四四円×一二五日(事故発生日から昭和四九年一二月末日までの一〇二同+四七日の二分の一………一日未満切捨)=七五万五五〇〇円

(二)  将来の逸失利益

原告本人尋問の結果および前記認定の受傷および治療経過、原告の就労状況並びに後遺障害の部位程度を綜合考慮すれば原告は前記後遺障害のためその労働能力を喪失するものとは認められない。

後遺障害については慰藉料を考慮することで足りると考える。)

4  慰藉料

本件事故の態様、被害者たる原告の傷害の部位、程度、治療の経過、右経過からみても被害者の治療に専念する態度に問題があつて症状を悪化させ、ひいては被害を拡大させたとみるべき事情はないこと後遺障害の内容程度、年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は六〇万円とするのが相当であると認められる。

5  物損

本件追突事故によつて原告所有の普通乗用車(トヨタコロナ大阪五五め一三三〇)後部が中破した事実は当事者間に争いがなく(成立に争いのない甲第七号証の五によるとその個所は後部全面バンバートランク部分が凹損したことが認められる)証人池永清一の証言およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、二によれば原告は右事故により破損した車両の修理を株式会社旭自動車販売所においてなし、修理費用一七万七〇五〇円を要したことが認められる。

なお下取り価下落予想価五万円については、前提となつている破損事故前の車両価格の決定についてそれを四〇万円としたことに合理性があるのか否か証人池永清一の証言およびこれにより成立を認められる甲第四号証によつても明確でなく、つぎに下落率についても破損の個所、程度によつて変動があることが右証拠によりうかゞわれる外、本件のように修理によつて従前の性能を回復したとみられる場合にまでいわゆる事故歴があつて処分価格が下落するとしてその価格損を通常損害とみうるかも問題であるので結局本件の場合価格落ち五万円についてはいまだこれを認めるに十分な証拠がないとして容認しない。

第四弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一八万円とするのが相当であると認められる。

第五結論

よつて被告らは各自、原告に対し、二三三万一〇九〇円、およびうち弁護士費用を除く一八〇万五五五三円については本件不法行為の翌日である昭和四九年九月二二日から、うち三四万五五三七円については昭和五一年五月七日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相瑞一雄)

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